シルクロード「電子図書館」進行中

 シルクロードで発見され、各国が保有する膨大な仏教経典や仏像、絵画などのデジタル画像をインターネットを通じて公開する国際プロジェクトが進行している。これらの資料は米国や日本、イギリスなど各国に分散しており、全体像をつかむのは困難な状態で、事業は資料の集大成が目的。現在日、英、中などが参加して公開数は約17万点に達しており、数年後には資料をほぼ網羅する「大電子図書館」を完成させることを目指している。

 事業は「国際敦煌プロジェクト」(IDP)と呼ばれ、各国の資料を研究・教育に役立てるため、大英図書館(英ロンドン)が中心となって15年前に提唱。中国・国家図書館やドイツ・ブランデンブルク人文科学アカデミー、ロシア・東洋学研究所など、5カ国の20機関が協力しており、ホームページ(HP)には、世界中から1日約5万件のアクセスがあるという。

 日本からは、浄土真宗本願寺派第22代門主の故・大谷光瑞師が戦前中央アジアに派遣した学術調査団「大谷探検隊」の資料約9000点を含む資料を保有する龍谷大学(京都市)が、唯一参加している。

 龍谷大には平成16年、世界に5つあるIDPのローカルセンターの一つが設けられ、資料のデータベース化を継続。これまで、トルファンで出土した漢字やソグド語、西夏語などで書かれた5〜15世紀ごろの行政文書や宗教文書をアップしており、貴重な景教(ネストリウス派キリスト教)やマニ教経典もある。今後は敦煌出土の経典(巻子=かんす)や、敦煌の仏像の写真乾板なども公開する予定。

 公開資料数は現在、龍大の約1万7000点のほか、探検家・スタイン(1862〜1943)が収集した膨大なコレクションを持つ英国が約10万2400点▽中国約2万3000点▽ロシア約1万3500点▽ドイツ約1万2000点。IDPは近く、フランスにローカルセンターを置くほか、米国やインド、韓国にも設置したいとしている。

 龍谷大でプロジェクトの指揮を執る岡田至弘(よしひろ)・理工学部教授は「資料を所蔵する京都や東京の国立博物館などもIDPに参加してほしい。また個人のコレクターも、龍谷大に連絡してくれれば公開のための入力作業を引き受けたい」と話している。

 IDPのHPアドレスは(http://idp.afc.ryukoku.ac.jp)
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# by riptulip | 2009-01-20 21:57

西本願寺でおかみそり

 浄土真宗本願寺派の本山、西本願寺(京都市下京区)で11日、門信徒の本山成人式と仏門への帰依を誓う「帰敬式(ききょうしき)」(おかみそり)があり、成人の誓いを新たにした。

 成人式には99人が出席、うち27人が総御堂(阿弥陀(あみだ)堂)で行われた帰敬式に参加した。

 帰敬式では、正座で並んだ新成人の背後から、大谷光真門主が1人ずつ、かみそりを頭に3回あてると、新成人は緊張した表情で数珠を持った手を合わせ、頭を下げていた。
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# by riptulip | 2009-01-20 21:54

開祖親鸞しのんで高田本山でお七夜 献書展もにぎわう

 津市一身田町の真宗高田派本山専修寺で9日、開祖親鸞をしのぶ報恩講「お七夜」が始まった。

 親鸞の命日である16日まで、全国の高田派住職が集まり、本堂の御影堂で読経を行う。この日は正午すぎと夕方にあり、参拝者が熱心に手を合わせていた。

 お七夜に合わせて同寺では献書展(中日新聞社後援)も開催。主に津市内の幼稚園児から90代までが664点を出品した。「てら」「高田本山」などの課題を丁寧にしたためた作品が並ぶ。
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# by riptulip | 2009-01-20 21:53

狩野元信の水墨画3幅を確認 京都・東本願寺

 室町から江戸期にかけて画壇の中心だった狩野派の基礎を築いた狩野元信(1476〜1559)の水墨画が、真宗大谷派本山の東本願寺(京都市下京区)で確認された。3幅で1組の「中唐人物・左右花鳥図」で、人物や動植物が繊細な筆致で描かれ保存状態も良いという。

 3幅とも縦86.5センチ、横39.2センチ。中央の軸に中国宋代の詩人・蘇東坡(そとうば)とみられる人物と竹、向かって左は柳と小鳥、右は牡丹(ぼたん)や鷺(さぎ)などが描かれている。描かれた時期は不明だが、軸を入れた木箱に玄孫・狩野探幽と安信の名前で、元信の作品であると記した札が収められていた。真宗大谷派によると、東本願寺内の美術品などを収めた倉庫で保管されていたが、2011年の宗祖・親鸞聖人750回御遠忌へ向けた資料調査で鑑定した。

 同志社大の狩野博幸教授(日本絵画史)は「室町期の狩野家の代表的な筆遣いで、墨の使い方が絶妙」と話す。作品は3月から東京、札幌、大阪、京都、名古屋を巡回する「東本願寺の至宝展」(朝日新聞社など主催)で公開される。
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# by riptulip | 2009-01-17 21:56

岐阜・飛騨で「三寺まいり」

 岐阜県飛騨市古川町で15日、千本余の和ろうそくの炎が白壁土蔵の町並みを照らす「三寺(さんてら)まいり」があり、同日夜、報道陣向けの撮影会も開かれた。気温が零下に冷え込む中、訪れた人たちは瀬戸川に沿って並べられたろうそくのともりを見つめ、手を合わせていた。

 浄土真宗の宗祖親鸞をしのび、市内の円光寺、真宗寺、本光寺を参る伝統行事。300年以上続くという。明治や大正時代には、野麦峠を越えて信州の製糸工場へ働きに出ていた女性たちが戻って参列し、地元の男性と出会う場となる縁結び行事だったことでも知られる。
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# by riptulip | 2009-01-17 21:55

西本願寺で「御法楽献詠」

浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺(京都市下京区)で14日、宗祖親鸞をしのぶ法要「報恩講」の一環として、念仏への喜びを和歌で表す「御法楽献詠(ごほうらくけんえい)」が営まれた。

 明治期に途絶えた行事を2004年に復活した。今年は「草の花」を題に、全国の門信徒から寄せられた百三十一首から、「生かされて我は名もなき草の花六字の御名に抱かれて咲く」と詠んだ彦根市の安居清七さん(75)の作品など五首が選ばれた。
 阿弥陀堂で約500人の参拝者が見守るなか、伝統的な宮中装束に身を包んだ冷泉家の人たち7人が、語尾を伸ばす独特の節回しで朗々と和歌を詠み上げた。
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# by riptulip | 2009-01-15 21:55

西本願寺で報恩講始まる

京都市下京区の浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺で9日、宗祖・親鸞の遺徳をしのぶ「報恩講」が始まった。阿弥陀(あみだ)堂には全国の門信徒や僧侶ら約1100人が集まり、手を合わせて「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えた。

 この日は午後2時から逮夜(たいや)法要が営まれた。雅楽が響く中、大谷光真門主、長男で門主後継者の光淳新門が入堂した。門信徒らは親鸞が信心の喜びを詩にした「念仏正信偈(しょうしんげ)」を節をつけて唱えた。
 報恩講は同派最大の法要。新暦で親鸞の命日にあたる16日まで連日、法要や講演が行われ、約6万人の人出を見込んでいる。
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# by riptulip | 2009-01-10 21:54

浄土真宗の教義論争を本に 古文書愛好会と龍谷大

 浄土真宗本願寺派内で起こった最初の大規模な教義論争「承応の鬩牆(げきしょう)」(1653−60年)の史料を、彦根を中心に活動する古文書同好会と龍谷大がまとめ「浄土真宗異義相論」(法蔵館)として出版した。

 論争は「他力」の解釈を巡り、本願寺の学寮トップの西吟とライバルの月感の間で勃発(ぼっぱつ)。本願寺派の有力な末寺で外様大名と縁せき関係にある興正寺が月感を支持したため、政治的な緊張が高まり、当時の彦根藩主で幕府の重鎮でもあった井伊直孝が調停に立った。

 本は、論争双方の関係者と直孝の間で交わされた書簡や文書で構成。龍谷大の平田厚志教授らによる詳細補注や論争を概観する論文なども収録した。

 本の基になる史料は彦根城博物館に井伊家文書として眠っていたところを彦根古文書同好会の青柳義孝会長が着目。5年近くかけて、会員らとともに出版化に尽力した。

 これまで論争は本願寺派の記録しかなかった。平田教授は「本は中立的な立場で論争を記録し、貴重だ」と指摘。青柳会長は「研究が進むのが楽しみ」と期待する。
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# by riptulip | 2009-01-10 21:52

藤谷参院議員:通常国会の開会式、法衣で登院 事務局「恐らく初めて」

 5日始まった通常国会の開会式に民主党の藤谷光信参院議員(比例)が僧侶の正装である法衣(ほうえ)姿で臨んだ。参院議事課によると、開会式に法衣で登院した議員の記録は残っておらず、「恐らく初めてではないか」という。

 藤谷議員は浄土真宗・教蓮寺(山口県岩国市)の元住職で07年に初当選。初めて臨んだ08年の通常国会にも法衣姿で登院しようとしたが、参院側が「前例がない」と難色を示し、実現しなかった。

 今回は参院議院運営委員会に着用許可を事前申請。委員会では「憲法に定められた政教分離の理念に反するのでは」との意見もあったが「他の宗教についても、それぞれの正装での登院を認める」と申し合わせ、許可を出した。

 法衣は黒色だったが、スーツ姿が大半の本会議場では異彩を放った。開会式後、藤谷議員は「気持ちが引き締まり『難局に臨むぞ』という気持ちになった。今後も開会式には法衣姿で出る」と話した。
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# by riptulip | 2009-01-07 21:51

親鸞の一代記、欄間に 金沢の光徳寺

 金沢市玉川町の真宗大谷派光徳寺で、親鸞聖人の一代記を表した欄間が三十一日までに完成した。門徒の小倉通成さん(57)=同市長土塀一丁目=が寄進した。亡くなった小倉さんの母土史子さんと同寺の井上●(珀雲)前住職をしのぶ欄間は、二〇一一(平成二十三)年の親鸞聖人の七百五十回忌を前に聖人の教えと生き方を伝えている。

 欄間は七枚あり、縦約九十センチ、幅約一メートル八十センチ。親鸞聖人の一生を絵で記した「親鸞聖人御絵伝」を参考に作られた。それぞれに常陸(現在の茨城県)の草庵に親鸞聖人を殺害しようとやってきた山伏が心を改め、帰依する様子など聖人の一生にまつわる彫刻が彫り込まれている。制作には半年ほどかかっており、同寺によると、親鸞聖人の一代記を表した欄間は珍しいという。

 昨年十一月に土史子さんの三回忌を終えた小倉さんは、土史子さんが生前たびたび参っていた光徳寺に寄進しようと考え、同寺と相談して親鸞聖人の欄間を贈ることを決めた。

 同寺の井上●前住職は欄間の完成を楽しみにしていたが、今年九月八日に急死。ほぼ完成していた欄間は同二十日以降に本堂に設置されて仕上げの作業をする予定だったが、急きょ京都市の職人のもとから取り寄せて同十一日に本堂に設置され、同寺で営まれた通夜、葬儀で井上●前住職を見送った。

 井上裕住職(43)は「門徒の方々にいつもお世話になり感謝している。皆さんに親鸞聖人の歩んだ道を見ていただき、自分自身の歩みを確かめるきっかけにしてほしい」と話している。

(●=「凱」のへんと「敲」のつくり)
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# by riptulip | 2009-01-02 21:50