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国の名勝「枳殻邸」の見学者に一定額の寄付金

古都税紛争の際も無料拝観を続けていた真宗大谷派が、本山の飛び地境内で国の名勝「枳殻邸(きこくてい)」の見学者に一定額の寄付金を求めていく方針を決めました。
事実上の有料拝観。
 年間約10万人が訪れますが、これまでは無料で見学でき、寄付金も「自由」でした。
 ところがここ数年、寄付金などの収入が年間約1500万円にとどまる一方、庭園管理費などで毎年2000万円以上を負担、財政的に厳しい状況にあり、やむなく方針転換。
 京都の有名寺院の中で西本願寺とともに「無料拝観」を貫いてきただけに、全国の寺にも影響を与えそうです。

 枳殻邸の正式名称は「渉成園」。東本願寺の境内から東約200メートルにあり、印月池などを持つ回遊式庭園。江戸初期に3代将軍徳川家光が土地を寄進、池に浮かぶ月をめでる「漱枕居」など九つの建物があります。
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by riptulip | 2006-06-12 00:19

東本願寺「牡丹の間」取り壊し

 真宗大谷派の本山・東本願寺境内の内事(門首邸)の一角にあった「牡丹の間」が老朽化のため取り壊されました。大谷家と宗派が激しく対立した「お東紛争」の発端となった記者会見など数々の会見や会談が開かれ、いわば宗派の現代史を物語る部屋でしたが、近年は使われることもなく、知る人もほとんどいませんでした。

 牡丹の間は昭和30年代前半に増築された十八畳ほどの鉄筋コンクリートの部屋。ボタンを描いた油絵が掲げられていたことからその名が付けられました。お東紛争の発端で、法主だった故光暢氏が長男の故光紹氏に管長職を譲ると発表した「開申事件」(1969年)の会見や対立する宗務総長と法主のトップ会談(78年)も行われた場所。
 内事の老朽化部分の撤去に合わせ、今年5月に取り壊されました。

 内事は国会議事堂や京都市役所本館の建設にかかわった建築家武田五一(1872−1938)が設計。久邇宮家から智子さんを光暢氏の妻として迎えるため、1923(大正12)年に建てられたもの。
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by riptulip | 2006-06-08 21:25

東本願寺 工事用大屋根を再利用

大谷派本山、東本願寺で修復中の・御影堂を囲う工事用の巨大な仮設屋根を、続いて修復予定の阿弥陀堂にレールでスライドさせ、再利用する計画が立てられました。
 真宗大谷派の試算では、新たに仮設屋根をつくるより8億円の経費が浮くそうです。

 計画では、2008年末に御影堂の修復が完了した後、09年夏に1日がかりでスライドさせるそうです。阿弥陀堂の修復は11年の浄土真宗の宗祖・親鸞の750回忌法要が終わってから行われる予定。当初は御影堂の囲いもいったん取り壊され、法要の後、新たに阿弥陀堂の囲いが設置される計画でした。
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by riptulip | 2006-06-07 23:02