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西本願寺の新庁舎開所式

 4月22日、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺の堀川通を挟んだ東側に第三庁舎を設け、開所式を行いました。
 分かりやすい教学、伝道のあり方を提言している同派の研究機関「教学伝道研究センター」が使用することになるそうです。
 第三庁舎は、鉄筋コンクリート地上5階地下2階建てで、延べ床面積は約1410平方メートル。92年築の空きビルを昨年11月取得し、改修工事を行った。仏教音楽や儀礼、伝道の研究や聖典編さんなどを行うほか、広く悩み相談に応じるスペースも設けるとのことです。

 建物だけで終わってはいけませんからね。本当に「分かりやすい、正しい教学、伝道」に、期待したいものです。
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by riptulip | 2005-04-24 18:32

作家:丹羽文雄さんが死去

 小説家で文化勲章受章者の丹羽文雄さんが4月20日午前0時25分、肺炎のため東京都武蔵野市の自宅で死去しました。100歳の長命でした。
 近親者のみによる密葬後、後日、日本文芸家協会葬を行う予定だそうです。

 丹羽さんは、1904年、三重県四日市市の浄土真宗の寺に生まれました。8歳の時に家出した母への思慕を通しての人間洞察が、のちに創作の強いテーマとなったようです。早大在学中に先輩の尾崎一雄の影響で作家を志し、卒業後は生家で一旦僧になりますが、生母をモデルにした「鮎(あゆ)」で注目され、28歳で上京しました。
「海面」「甲羅類」などのマダムもの、「若い季節」などの都市風俗ものを次々に書き、流行作家となりました。
 後年は、本格的に浄土真宗に取り組み、5年がかりで「親鸞」全5巻を、11年がかりで「蓮如」全8巻を完成させました。77年には文化勲章を受章しました。
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by riptulip | 2005-04-23 08:04

連続放火・爆破事件の加藤氏が28年経て謝罪

 1977年11月に真宗大谷派・東本願寺大師堂(御影堂)を爆破したのをはじめ、宗教施設を主な標的にした放火・爆破など8件の罪で懲役18年の刑に服した加藤三郎さん(56)=岐阜県七宗町=が4月18日、東本願寺を訪れ、発生以来28年ぶりに謝罪。「申し訳ありません」と頭を下げ、「謝罪のしるしに」と現金1万円を差し出したといいます。
 熊谷宗恵宗務総長もこれを受け入れ、「親鸞は『人は業縁(ごうえん)によっては何をしでかすか分からない愚かな存在だ』と述べている。だから、私たちはあなたへの憎悪もなく、脅威にも思っていない。自ら罪を感じ取り、親鸞の御真影の前に身と心を運んできたことは尊いことです」と語りかけたといいます。
 何でも、加藤氏は服役中に出会った大谷派の教誨師から『自分は愚かで罪深い』と言った親鸞の言葉を聞き共感したとのことで、今後も被害者への謝罪活動を続ける思いでいるようです。

 そもそも、この爆破事件は古い話なので整理しておきますが、 1976年から約2年間にわたり、平安神宮、東本願寺、梨木神社、神社本庁(東京都)などで放火・爆破事件が起こり、計12人が負傷した事件。東本願寺の事件は、77年11月2日夕、当時は大師堂と呼ばれていた御影堂で時限装置付き消火器爆弾が爆発しました。翌3日、鴨川で「世界赤軍日本人部隊闇の土蜘蛛」を名乗る声明文が見つかったというもの。
 加藤氏は宗教家の父を持ち、高校時代にべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に加わり、在日朝鮮人とともに建設現場で働くうち「日本人としての自分の侵略性と差別性を克服、解体することを根本的な課題とするようになり、後に引けない闘争(爆弾闘争)に至った」。とのことで、宗教施設を狙ったのは「宗教組織の一端を担う家に生まれ育ち、その偽善性や矛盾を感じていたため」だそうです。その後、加藤氏は熊本刑務所で服役し、02年に満期出所しています。

 「さるべき縁あれば何でもする」と言って、何でもしていい訳ではありません。しかし、罪を犯した人間も、やり直すことができます。深く反省し、願わくば、親鸞聖人の教えを聞き抜いてもらいたいと思うばかりです。
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by riptulip | 2005-04-19 23:15

ダライ・ラマ西本願寺を訪問


 4月18日、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が、西本願寺を表敬訪問しました。ダライ・ラマが西本願寺を訪問するのは、1980(昭和55)年以来25年ぶりだそうで、現門主になってからは初めてのことになります。

 ダライ・ラマ一行は、午前10時半に西本願寺に到着し、大勢の参拝者に囲まれながら、阿弥陀堂を参拝。そのあと、白書院で、大谷門主と歓談したそうです。
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by riptulip | 2005-04-18 23:07

西本願寺が、罪犯した女性の自立支援 宿泊場所や食事を提供

 浄土真宗本願寺派はこのほど、右京区太秦安井二条裏町の女性専用の更生保護施設「西本願寺白光(びゃっこう)荘」を、総事業費3億700万円をかけ改築。概要を発表しました。
 刑務所や少年院を出たり保護観察中の人のうち、帰る家や家族がない人に宿泊場所や食事を提供、早期の社会復帰をうながすとのことです。白光荘は近畿唯一の女性専用施設で、5月の大型連休明けから受け入れを始めるようです。
 建物は、鉄筋コンクリート2階建て、定員を従来より5人増やし20人とし、地域住民と交流する集会室も設けています。

 なんでも法務省によると、更生保護施設は更生保護事業法に基づき全国に101(うち女性専用は7)あり、入所者数は例年1万人前後あるそうです。
 主に、宗教法人などの民間団体や篤志家が運営しているが、どうも経営は苦しい施設が多いようです。
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by riptulip | 2005-04-15 20:53

西本願寺門主が立命館大学で講義

 4月11日、浄土真宗本願寺派の大谷光真門主(59)が、立命館大でリレー講義「現代社会と宗教」の第1回の講師を務めました。
 これは、宗門校の龍谷大以外で教壇に立ったのは初めてのことです。聴講生は、学生や社会人など約1000人。
 問題は講義の内容ですが、物質や地位、名誉なども求める上での人間の苦しみや不安に、宗教が対応すると説明したようで、「葬式仏教」と批判される点については、「寺が葬式以外に力を入れないとしたら問題。ただ、人が死ぬことを身近に体験する大切さは強調し過ぎることはない」と話したそうです。
 でも、葬式に一番力を入れているのでは? 葬式以外の何に力を入れるのかが、これまた問題だと思いますが、いかがでしょう。世界遺産を守ることですか?それとも、ボランティアですか?それとも……
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by riptulip | 2005-04-12 21:30

真宗大谷派で全戦没者追弔法会

 春の法要が続く真宗大谷派本山・東本願寺では、4月2日、全戦没者追弔法会がありました。参列者は、門信徒ら約800人。法要や講演会などが行われました。

 この追弔法会は、宗祖親鸞の御誕生会とともに「春の法要」の中心行事で、毎年実施しているそうです。

 阿弥陀堂では、大谷暢顕門首は「ともに生きあえる世界への道を歩まんことをここに誓う」といつもの調子の言葉。そして、作家の高史明氏が「『念仏往生』の大地に立つ」と題して講演しました。しかし、その内容は「仏の願いは2度と戦争をするな」といったものだそうで、反戦をうたうのはいいのですが、逆に甚遠なる仏法を薄っぺらにしているような気がしてなりませんが……。
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by riptulip | 2005-04-03 21:27

東本願寺で「春の法要」

 真宗大谷派の「春の法要」が4月1日、京都の東本願寺で始まり、親鸞聖人のご生誕を祝う御誕生会の音楽法要などが営まれました。
 この音楽法要は、1961年の親鸞700年御遠忌の際に法要をだれもが親しめる形に、と始まったものだそうです。供灯や供華、焼香など一連の法要の進行に沿って、約1時間の混声4部コーラス形式にしているそうです。

 この日、約1800人の参拝者で埋まった阿弥陀堂では、大谷派合唱連盟の男女約140人が電子オルガンやティンパニーの演奏に合わせ、親鸞聖人のご和讃などをメロディーに乗せて高らかに歌いました。その合間に大谷暢顕門首が宗祖への感謝の言葉を述べ、参列の門信徒が独特の節で唱和する「正信偈」が響きました。
 音楽を使うのはいいですが、ご和讃に込められた親鸞聖人の教えを、参拝者はきちんと聞かされたのでしょうか。真宗の教えを正しく理解してこその、宗祖への感謝だと思いますが、ただの「歌会」で終わってほしくない、と思うばかり。

 春の法要は5日まで。2日は宗門の戦争責任への反省を込めて「全戦没者追弔法会」が営まれるそうですが、どのように反省しているのでしょうか。
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by riptulip | 2005-04-02 12:03