連続放火・爆破事件の加藤氏が28年経て謝罪

 1977年11月に真宗大谷派・東本願寺大師堂(御影堂)を爆破したのをはじめ、宗教施設を主な標的にした放火・爆破など8件の罪で懲役18年の刑に服した加藤三郎さん(56)=岐阜県七宗町=が4月18日、東本願寺を訪れ、発生以来28年ぶりに謝罪。「申し訳ありません」と頭を下げ、「謝罪のしるしに」と現金1万円を差し出したといいます。
 熊谷宗恵宗務総長もこれを受け入れ、「親鸞は『人は業縁(ごうえん)によっては何をしでかすか分からない愚かな存在だ』と述べている。だから、私たちはあなたへの憎悪もなく、脅威にも思っていない。自ら罪を感じ取り、親鸞の御真影の前に身と心を運んできたことは尊いことです」と語りかけたといいます。
 何でも、加藤氏は服役中に出会った大谷派の教誨師から『自分は愚かで罪深い』と言った親鸞の言葉を聞き共感したとのことで、今後も被害者への謝罪活動を続ける思いでいるようです。

 そもそも、この爆破事件は古い話なので整理しておきますが、 1976年から約2年間にわたり、平安神宮、東本願寺、梨木神社、神社本庁(東京都)などで放火・爆破事件が起こり、計12人が負傷した事件。東本願寺の事件は、77年11月2日夕、当時は大師堂と呼ばれていた御影堂で時限装置付き消火器爆弾が爆発しました。翌3日、鴨川で「世界赤軍日本人部隊闇の土蜘蛛」を名乗る声明文が見つかったというもの。
 加藤氏は宗教家の父を持ち、高校時代にべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に加わり、在日朝鮮人とともに建設現場で働くうち「日本人としての自分の侵略性と差別性を克服、解体することを根本的な課題とするようになり、後に引けない闘争(爆弾闘争)に至った」。とのことで、宗教施設を狙ったのは「宗教組織の一端を担う家に生まれ育ち、その偽善性や矛盾を感じていたため」だそうです。その後、加藤氏は熊本刑務所で服役し、02年に満期出所しています。

 「さるべき縁あれば何でもする」と言って、何でもしていい訳ではありません。しかし、罪を犯した人間も、やり直すことができます。深く反省し、願わくば、親鸞聖人の教えを聞き抜いてもらいたいと思うばかりです。
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by riptulip | 2005-04-19 23:15
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